KIRINBLOG INTERVIEWS

気になるあの人の話を聞いてみたい。

2014年1月14日

仕事とライフスタイルの両立可能な社会を作る

oz

小津智一 - 株式会社OZ Company 代表取締役社長

キリンブログインタビュー第2回目は、企業内への託児施設導入を推進し、働くお父さんお母さんを保育サービスでサポートする株式会社オズカンパニーの代表取締役社長、小津智一さんにお話を聞いてきました。

小津さんとは前回の下野くんが運営するシェアスペース大名+の運営メンバーとして知り合いました。共通の趣味がサーフィンということで仲良くさせて頂いています。

小津さんはサーフィン好きが高じて福岡の糸島に移住。毎朝バルコニーから波チェックができる海近くに居を構え、仕事・家族の時間・サーフィンと、自分たちが望むライフスタイルを実現しています。

経営している会社で手がけている企業内託児施設の事業は、働くパパ・ママならだれでも「もっと広がって欲しい」と願うサービスです。そうしたビジネスを手がける傍ら、「父親であることを楽しもう」とするファザーリング・ジャパン九州の活動にも携わっており、僕自身も一児を育てる父親として小津さんの活動から多くのことを考えるきっかけを頂いています。

今回はそんな小津さんに、ビジネスや子育てに対する考えなどの話を聞いてきました。小津さんが愛するサーフマインド同様、リラックスをしてオープンなインタビューです。オープンすぎるのでは?と思うくらいリアルであつーい小津さんの起業物語にぜひ触れてください。

自分で決める生き方。ライフスタイルを実現する起業

越水 今小津さんがされている事業は子育て支援、ですよね。広い意味で言ったら。
小津 子育て支援、そうだね。
越水 託児委託を引き受けたり、父親に対する子育て啓発をしてますが、以前は全くそういう業界で働いていたわけじゃないそうで。
小津 そうだね。
越水 ですので、今の事業を行うことになったきっかけから聞いていければと思います。というか、もともと福岡出身ではないということなので、福岡に引っ越してきた経緯から聞いていければと。
小津 もともと山口県出身です。高校卒業してから、地元の一部上場の石油化学系の会社に入って三交代制の勤務をしてた。それから東京、岡山転勤もあったりして、福岡に来たのは23歳のとき。
越水 それは現場の管理とかってことですか?
小津 そうそう、ヘルメットかぶって、日勤、中勤、夜勤という勤務で、化学プラントのオペレーターやってた。その頃はバブルの終わりころでまだ景気が良くて、それに工場だったていうのもあるけど、高卒でも結構大きな企業に入れたんだよね。それで3年くらい勤務したかな。狭いんだよね~、工場って。
越水 敷地がですか。
小津 いやいや、敷地はめちゃくちゃ広いんだけど、工場の中でしか働かないから、外に出ることがないわけよ。
越水 ああ、世間が狭いってことですね。
小津 そう、職場の人以外、なかなか外部の人と出会わないし。もっといろんな人や広い社会と出会いたいっていう気持ちがあって、仕事しながら夜バイトしたりしてた。この夜バイトするってのは結構勉強になったね。
越水 それはお金に困ってるとかではなくて、純粋な外の世界への興味ですよね。
小津 うん。 とある夜のお店で働いてて、そこには会社の社長さんとか市議会議員さんとか看護師、いろんな企業で働いている様々な人たちと出会うんだよね。たとえば突然20万くらいポンと渡されてさ、「明日ボートレースの券買ってきてくれ」とか笑。いろんな業界の話し聞けて「工場の中とは違う世界がたくさんあるんだな」と思ったよ。それが刺激になって、勤めていた会社に「工場と違う仕事に配置転換お願いしたい」と要望出したら、ちょうど新規事業立ち上げの営業職で出させてもらえたんだよね。それからその事業の絡みで福岡に転勤してきたんよ。それが福岡に来たきっかけ。
越水 なるほど。
小津 その時は博多駅前の大博通りの事務所に通勤してて、仕事の内容は下水道の整備がされていない地域で家庭ごとに下水処理ができるタンクを売る営業をずっとやっていたのね。
越水 初めての営業職はどうでしたか。
小津 もともといろんな人と会えることが好きだったし、全く抵抗なく。
越水 転勤してきて、地元でもないのに居着いてしまって、全く別業種で起業したというのはどういう経緯ですか?
小津 それを話すと長くなっちゃうんだけど、ひとつはサーフィンとの出会いが大きいかな。サーフィンをするまでは仕事関係で知り合った人としか交流してなくて。それがサーフィンに出会ってから年齢関係なく、役所勤めの人や、会社社長だったり、学生とか、いろんな人と出会ったね。
越水 サーフィンは福岡来てから始めたんですか。だれかに誘われたとか?
小津 もともとスノーボードとかボード系が好きで、「サーフィンやってみたいな」という気持ちがあったのね。同業の知り合いがやってて、その繋がりで始めたんだよね。サーフィンを通じて、いろんな人の生き方や人生の価値観に触れて。あとはなにかな、サーフィンのカッコよさというかね(笑)
越水 自然とのふれあいとかですね。
小津 そう、自然との一体感っていうのね。 いつの間にかサーフィンに夢中になっていて、そんなとき、「もし会社から波の無い場所へ転勤!となったらこの大好きなサーフィンをできなくなる!!」「自分の好きな生き方ができなくなる!」と思ったことで、起業っていうか自分の生き方においての土台のようなものが自分の中で生まれたんだよね~。
越水 じゃあけっこうサーフィンの存在はきっかけとして大きいですね。
小津 そう、大きいね!サーフィンと出会ってなければおそらく起業という選択肢はなかったとおもうよ。そのとき勤めていた会社だと3~5年くらいしたら転勤は当たり前。周りの先輩見てても定年までずっと会社の命令で転勤が繰り返されてるし、しかも殆どが単身赴任で。せっかく住み馴染んだ福岡の、やっぱり波がある場所に住みたいと。これはどうにかせんと自分の好きな生き方ができなくなるー!って。
越水 笑 福岡にとどまらなきゃって
小津 そう、大好きな糸島にね。でもその頃、福岡も不景気でなかなか転職も厳しい。結婚した当初は全然転職とか考えてなかったけどね。
越水 あれ、その頃はもう結婚してるんですね。
小津 サーフィン始めた少し後にね。その当時、転勤はしょうがないと思いつつ、でも「やっぱり嫌だな」と。でもサーフィンを通じていろんな人達の生き方や、自分自身に子供が生まれてからますますそういう気持ちになったね。
越水 会社に合わせて転勤していくような人生は嫌だったんですね。
小津 そう。自分の意志じゃなくて会社の命令で住むところが変わっていくのは、自分が決めていく生き方じゃないし、そこにすごく違和感があって。まあ、福岡の地元企業に転職すれば解決なんだろうけど、そのときは不景気だったし、それに俺、高卒だからなかなか難しいかなと。一部上場企業に勤務してて、高卒でもある程度給料や福利厚生をもらってたから、それと同じくらいの待遇を求めるともっとハードル高くなる。結婚して子どももできてたから、なんとか同じような生活水準を保たなければと思うんだけど、さっきの理由で転職はかなり厳しいかなと。
越水 同じレベルを求めると結局大企業で転勤が求められるということもありますね。地場ではあまり希望に沿う条件がなかったと。
小津 自分自身に手に職ももってなかったし、
そう考えると、最終的な選択は独立ということしか目が向かなかったのよ。
越水 もともと起業志向だったわけではなく、自分のしたい暮らしをするために必要に迫られたってことですね。なにかしら子育てに関する強い想いがあって今の事業を選択したのかと思ってました。
小津 人生の基盤というか、どういった生き方がしたいというのと、仕事の業種っていうのはまた別の話だと思うんだよね。それでちょうど子供が1歳の時、
独立を検討しだして、どんなことができるだろうか?と考えた。たとえば糸島のビーチ沿いに雑貨屋さんがあったらいいじゃないかと思って、ちょっと真面目に考えたこともあったんよ。
越水 ちょっと危なっかしい感じですね笑
小津 結局「いやダメだダメだ、これじゃ食っていけない」って笑。OZ Companyの子育て支援サービスでの起業についてちょっと触れたいんだけど。オズカンパニーのきっかけは、子供が生まれたってのもあるんだけど、俺の両親が離婚してるってのもあるよね。
越水 はい
小津 離婚は小学校5年の時なんだけど、ほとんど父親が家に帰ってこなかったし、あまり父親と遊んだ経験がなかったんだよね。
越水 どっちと一緒に暮らしていたんですか?
小津 母親と。母親は一人で俺、妹、弟の3人を育ててくれた。別れた父親は養育費もあまり入れてなかったから母は昼間の仕事、夜は居酒屋の仕事もしてた。自分自身に子供が生まれた時、「自分は父親のようにならない」、子どもから「こんなパパみたいになりたい」って思ってもらえる父親になりたいって決めた。自分の父親を反面教師としてね。その頃から子どもや妻からはいいパパ、夫でいたいって意識はあったんよ。
越水 子供が生まれると自分のこともいろいろ振り返りますもんね。自分がどういう家庭環境だったかも考えるきっかけになりますね。
小津 そう。妻や子どもには、俺や母親が体験したつらい思いをさせたくなかったから、いつも朝4:30に起きて仕事にとりかかり、その分出来るだけ早く帰るようにしたりして、家事も育児もいっしょにできる時間をつくれるようにしたし、こういった子育てや家族への意識から、社会の子育て環境にも自然と気になっちゃってて待機児童や虐待、子育てで生じている不都合などいろんな問題があるんだなぁと感じたし、離婚件数もこんなに増えてってるんだなって。そのときに、日本ってなんか子育てしにくい社会だよな・・何かいいやり方ってないのかなと思ってたんだよね。
越水 それは仕事にしようとかそういう意識ではないですよね。子供を育てる親としての関心ですね。
小津 そう、それでふっとひらめいたのが「会社に待機施設があればいいじゃん」と。親は職場に子供を連れていければ助かるし、企業も離職率の低下につながるし、お互いメリットがある。すぐネットで調べたら、すでに病院を中心にいろんなところでやってるのがわかった。そういう施設は通常の保育園が運営してるのかと思ったらどうやら違うらしい、一般の株式会社が運営してる。
越水 委託された会社がですね。
小津 そう。「これって社会福祉法人じゃなくて一般の会社でもできるんだ」と思って。しかも業界的に企業数も多くない。それで、「俺でもできるんじゃないか?」って
越水 笑 けっこう飛躍してません?
小津 あっ、そう? 競合会社のホームページとかいろいろ見てて、そう思ったのよ。企業規模とか予算の大きさとか、仕組みがなんとなくわかってきて。国からの情報や助成金について、こんな制度もあるんやって調べて。九州にはこういうことやってる会社があまりないっていうこともわかって。
越水 遅れてるんですね。
小津 やるなら今でしょ!と。笑
越水 たまたま商売のネタを探してたタイミングと、子育てを通じて関心を持ったタイミングが重なったんですね。さらに競合があまり大したことなさそうだと。もう即独立ですか?
小津 即じゃないけどね。独立っていっても全然ノウハウがない状態でやっていくのは無理だと思ったから。ノウハウがないなら教えてもらおうということで、同業の会社の社長にメールでアプローチして会ってもらって。でも、よくよく考えたら、この狭い福岡市で同業が一社増えて同じようにやっても販路が広がらないよね。
越水 そうですね。
小津 だからもっと遠い、関東の業者とやり取りして、ノウハウを教えてもらえることになった。もちろんお金を払ってね。
越水 それは取材費的なものなんですか?
小津 えーと、フランチャイズ契約みたいなものね。
越水 じゃあけっこう具体的なやりとりをしたんですね。
小津 全くゼロからだとリスクが大きいから、そういうところにノウハウを教えてもらって。きちんと契約結んで、もちろんお金も払ってね。
越水 ほー。かなり本腰入れて動き始めましたね。
小津 その代わり、運営、営業ツールとかは全部見せてもらうし教えてもらう。場合によっては一緒に営業同行してもらって、というところからスタート。そういった契約をして翌月に会社を立ち上げた。それが2008年の7月。
越水 その時はもう仕事を辞めて?
小津 まだ前職の仕事はしてたから、最初の社長は嫁さんなんだよね。
越水 そうか、奥さんも一緒に始めてるんですよね。奥さんはその頃、不安とかこぼしてなかったですか?
小津 もちろん、不安はすごくあったみたいよ、でも、ああいう性格なので、「頑張ってやってみようか」と。

荒波でもまれる事業立ち上げ期

越水 じゃあ夫婦で、自分たちの好きな暮らし方をするにはどうしたらいいか考えた結果としての起業なんですね。起業が目的になってしまって、なにをやろうか決まらずに独立しちゃう人もけっこう多いと思うんですが、そういう感じではないですね。
小津 もちろん自分なりに事前調査したり計画立てたりしたんだよね。まあ、やったけど最初はうまくいかなかった。
越水 プラン通りにはいかないことはありますよね。ただ、食べていくために何をしたらいいかって始まってるので動機は堅実ですよね。
小津 そう。目的がまず「家族の生計を維持」っていうのが根本的で、それがあってこその起業。それがないと難しい。当たり前だけどね。
越水 当たり前だけど大事だと思います。
小津 結婚してるか独身かで意識の差はあるかも。独身ならば自分が我慢すればいいだけだから、少しくらい食費減らしたり家賃安いところに引っ越したり簡単にできるけど、結婚して子供生まれてるとなかなか難しくなってくる。
越水 そうですね。独立してからはまずは何から始めたんですか?
小津 病院をターゲットとして、事業所内保育施設どうですか~っていう営業だね。
越水 実務経験がないので実際の運営で苦労があったと思うんですけど。
小津 あまりそういうことは考えなかった。行動すれば自然と身に付くし、わからなかったら聞けばいい。そのための契約をしてるわけだし。
越水 なるほど。
小津 で、さっき言った事業所内保育施設の営業、すぐに取り掛かったけど、、、まったくだめでね。苦笑
越水 営業は小津さんの役割ですね。
小津 うん。株式会社立ち上げてホームページつくって、病院リストを用意してDM配ったり、電話や飛び込みで営業したりと思いつくことは全部やった。DMも返信あるんだけど、必ず競合がいる。病院側も一社だけに声かけるってことはまずないから。ただ、それもわからずに反応があったら「きた!これは契約とれるかも!」と思って、提携してる関東の会社にも営業同行頼んで。
越水 おお
小津 で、出張費が向こうから5万円くらい
越水 それきっついですね!笑
小津 そうやって協力してもらってプレゼンするんだけど、最終的にやっぱり実績がないというのがネックになって全然契約できない。そこで資料作ったり足運んだりした苦労が一気にパーになってしまう。
越水 おお。。。
小津 そんな状況で、準備した資金も毎月どんどんなくなっていくのよ。人を雇ってるわけじゃないけど、販促費やなんやかやで。ある意味、宝くじみたいなもんよね。ほんとにもう、宝くじに近い状態
越水 もう僕、想像するだけでキツイです笑
小津 きっついよー。で、あるとき気づいたんだけど、「これはオズカンパニーとして実績も知名度もない状態でやるからだ」と。そこで提携している関東の会社に「下請けという形でやらせてほしい。契約取れたら利益の何割かマージンをもらう条件で。」という提案をして、OKをもらった。そしたらあるところから反応があってね。
越水 やっぱ実績や会社としての見え方が大事だったんですか。
小津 結論はそうじゃなかったんだけど。その病院は一回断られてた先で、しばらくして連絡が来たから、関東の元請け会社に入ってもらって託児施設の運営を開始した。でも蓋をあけてみたら「小津さんがよかったのに」という話だったんだよね。
越水 なるほど、営業で勝ち取ってた先だったんですね。
小津 ただ、いざ運営が始まってみると、元請けの会社とそこの病院の距離が遠いこともあってなかなかうまくいかなくて。自分もできるだけのことはしたけど下請けとしての立場だと出来ることに限界があって、その他にも色々ありつつ契約満了の時期がきて下請けとしての自分の立場を見直すことにした。
越水 当初考えていた形とは全然違くなってしまったので。
小津 でも元請けと契約がなくなるってことは、せっかく運営委託が決まった病院とも縁が切れちゃうんだよね。
越水 ふりだしに戻るですね。それを捨てても嫌だったってことですもんね。
小津 相当悩んだよ。下請けとして繋がっておけば定期的に収入は入ってくるわけだから。でも当初の想いを考えたらね。保育園の状態も全然よくなってないのにまた営業して、広げていってもね、「なんのためにやってるのか・・」と。
越水 美味しいところは全部持っていかれるわけですからね。
小津 嫁さんと相談した結果、元請け先との契約を終えて、病院内保育施設の運営を手放したわけ。

体当たりで培ってきた組織作り。次の展望

越水 踏み切りましたね。大きな決断だ。
小津 そう。で、ここまでは事業所内保育の話しかしていなかったけど、別事業でイベント保育っていうのもやってて。先輩の経営者にアドバイスされて始めた事業なんだけど、こちらの売り上げが上がってきてたのもあって、イベント保育事業に舵を切っていこうと決めたんだよね。事業所内保育施設がなくなって相当経営は厳しいけどイベント保育のほうでなんとか家族を養っていこうと。
越水 それは講演会とかイベント時の託児委託を受け付けますということですか?
小津 たとえば住宅展示会とか、イベントを開催する企業から報酬を受け取るかたちだね。
越水 最初の問題で実績の件がありましたけど。
小津 イベント保育に関してはあまりその点は重要視されてなかったね。企業内託児だと継続して運営していくものだし、当然年間で予算規模も大きくなってくるから企業も慎重になるけど、イベント保育は単発だからそうじゃない。
越水 イベントのほうが切り込みやすいんですね。
小津 そう。利益も出やすいし。
越水 実績も作れるしいいですね。
小津 そんなこんなで、イベント保育に舵をきり、関東の元請け会社と切れてしばらく経って、さっき話した病院から連絡があった。「ちょっと、来てくれない?」って。で行ってみると、「この院内保育施設を小津さんに託してみたい」って。
越水 うおー!いい話ですねぇ!
小津 もの凄く嬉しかったね。ただ、やっぱり組織の運営だから簡単じゃないし、一筋縄では行かないこともたくさんあった。
越水 苦戦したんですね。
小津 相当苦戦したよ。
まず、やったことは、OZ Companyの理念とクライアントが何をOZ Companyに求めているかということに基づいた行動指針をスタッフみんなで共有すること。なんのためにこの施設は存在していて何を目指すのか。
そして業務仕訳。全スタッフといっしょに必要な業務と必要でない業務を洗い出して園全体でどんな業務があるのかを知ることをしてみた。各役割の基本業務を見直したんだけど、
ただ、それは、決められた業務しかやらなくていいんだって勘違いされても困るし、そのことでチームワークが悪くなる原因になることもあるから、リーダー持ち回り制度ってのもやってみた。
これは、家庭の家事や子育てにもつながるんだけど。父親は日ごろ育児、家事やっていないと急に言われてもすぐに動けないし、なにかしようとしても何していいかわからなくてあたふたするじゃない。これって日ごろからやっていてこそできることがあるんよね。
これと同じように、非常勤スタッフもリーダーの仕事がどんなものか体験することで、全体が見れるようになって、タイミングよくフォローができたり、他スタッフの気持ちも理解できたりするから、結果チーム内のコミュニケーションが良くなったんよ。
そして残業しない仕組みつくり。
終業時間をきっちり管理すること、そして、リーダー教育。
越水 いろんな施策を取り入れたんですね。
小津 うん。あと、最初は俺がスタッフ全員と密に接してたんだけど、それはダメだったなぁと。現場にしっかりリーダーを設けて、基本、社長はリーダーと打ち合わせして、スタッフとはリーダーがやりとりするっていう組織作りをした。それと残業を減らす努力。それまでは、社員のサービス残業が週に10時間くらいの多さで。その残業時間のほとんどが管理作業なんだけど、その管理作業を保育就業時間中にできるように非常勤スタッフを入れたり。非常勤スタッフを入れた分の人件費は増えるけど全体からしてみたら極わずか。社員の残業代がなくなるのと相殺したら費用面でもそこまでの負担はないしね。
残業をする場合は何故残業するのか、残業の指示者と残業業務を明確に示すこと。
サービス残業のゼロ化を目指してね。
それが、さっきあげたリーダー持ち回り制度が活きてくる。リーダー不在でも非常勤スタッフで回る仕込みができてるからね。
越水 現場はリーダーに任せて、小津さんは裏方としてみんなが働きやすくするためにどうしたらいいか、全体的にみて調整するようなことをしてるんですね。
小津 基本は現場のことは現場のスタッフじゃないとわからないから。どうやりやすい環境を整えるかが大事になってくる。前からわかってたことなんだけど、スタッフ同士や対会社との関係が悪くてそれどころじゃなかったからね。
越水 今は企業内託児施設の運営ノウハウもわかってきて、うまく回ってきてる状態ですか。
小津 そうだね。都度小さな問題は起こるけど、すぐに自分たちで解決できるチームワークがうまれてきた。今まで話したのは表面的なことじゃなくて、核となるような部分で非常に重要なこと。なかなか言葉として表現しづらいけど、組織の作り方というかね、そういうものが経験をしてわかってきたという感じ。今までは書類の作り方とか手続きの流れとか表面的なものしかわかってなかった気がするけど、より事業所内保育施設を運営するのに最も大切にしなきゃいけないところがわかってきた。
越水 なるほど。
小津 経営側は保育スタッフを大切にすること。スタッフ満足度をあげていくということが大切 なんだよね。
立派な保育理念ももちろん大切だけど、それ以上にね。
スタッフが気持ちよく笑顔で働けてこそ、スタッフ自身がアイデアとホスピタリティをよくしようと考え行動できる。その土台があってこそその園にあった保育理念がつくりあげられるんだよね。
越水 人がどうやったら動くかという部分ですね、きっと。
小津 それってどこの会社、団体にも通じることだと思うよ。
越水 なるほど。その後はどうなりましたか。
小津 長崎の病院に着手してから、不思議なことで、他のところからも話が来だしたんよ。実績ができたことが大きいのではあるんだけど、OZ Companyの活動とは別に、父親であることを楽しめる社会をつくることで、父親の笑顔を広げるというNPO活動などを通じて知り合ったクライアントから直接オファーがきたりね。関東の元請け会社と別れてからは、飛び込み営業してないしDMも配ってないんだけど。事業所内保育事業だけじゃなく、イベント保育のほうでも口コミや、ホームページでみつけてもらって声をかけてもらってる。
越水 元請け会社との関係を切ってからですか。不思議なものですね。そこから事業が進み出して、今は託児委託に加えて、行政からの依頼で保育養成職業訓練もされている。
小津 県から委託を受けて、子育て中の母親に対して就労への意識付けさせるために、職業講座を企画してくれというのがあって。OZ Companyで企画つくって応募した、イベント保育スタッフの養成講座というのが通ったのね。というのも、保育士ってこれから足らなくなるんだよね。待機児童問題の解消の施策もあって、保育施設を増やそうという国の取り組みに保育士が取られて行くので、保育士の確保は非常に厳しくなる。
越水 そうなんですね。知らなかった。
小津 でも、OZ Companyの場合は、保育のスキルは大切だけど、それと同じくらい大切なのは保護者、クライアントへのホスピタリティ。今までうちは保育士しか雇ってないけど、保育士資格をもっていない子育て経験のある方たちに、この養成カリキュラムをしっかり受講し学んでもらい、スキルの高い人にはそのままオズカンパニーで働いてもらうっていうサイクルを作れた。
越水 メイン事業にも影響する良い循環ですね。
小津 イベント保育って通常の保育と違って、サービス業だからホスピタリティがしっかりしていないといけないんだよね。そうしたオズカンパニーで培ったイベント保育のノウハウを明文化、マニュアル化してゆくゆくはフランチャイズにしたい。というのも、今はまだ九州にこういうイベント保育の会社ってないんだよ。
越水 ほほー。
小津 ボランティアのようなもので提供している団体はあるけど、僕らはプロの保育団体。企業やクライアントが必要されている保育サービスに特化して、同じ理念で共感してもらえる九州各県の企業、団体へノウハウ提供してFC展開を図っていく仕組みを考えてる。

仕事以外の時間を大事にする。夫婦、地域のコミュニケーション

越水 ここまでの話で保育だけではなく、チームマネジメントの勘所や、父親の子育て参加や母親の就労支援など、いろんなお話しが出ましたよね。それぞれの問題について考えるきっかけを経て、ビジネス面以外で感じているご自身の事業の意義とかってありますか。
小津 仕事だけじゃない生き方っていうのをすごく大切にしたいなと。自分自身、もしOZ Companyの事業しかやってなかったなら、多分潰れていたと思う。もちろん仕事もするんだけど、FJQの活動をしたり、地域の活動にかかわったり、そういうことって後々になって自分自身に返ってくるって身に染みてわかったんだよね。これはぜひいろんな人にも感じてもらいたい。だからこそ自分の会社のスタッフにも、仕事以外の時間を確保して、家族や地域と関わる時間をつくらないかんよね。例えばうちに新しく入った社員は、通勤しなくていいと。クラウドを利用して打ち合わせやファイル共有できるし、どこでも仕事できるという働き方のスタンス。地域モデルもやってる社員で、その仕事は地域貢献だから自分自身でスケジュール調整してもらって両立させてるんだよね。だから、休みも本人の都合と会社の都合を調整しながら、月間に必要な休日の数をみながらやってる。
越水 へー、それは面白い
小津 そういった働き方の組織でしっかり黒字も出せるというモデルをつくっていきたいね。そういった実績がないと説得力がないから、まずは自分が実現して広げていきたい。サービス残業ありきで会社の利益が出てるっていうのが当たり前とおもってる経営者は結構多いけど、そうじゃなくて、きちんと法令にのっとってサービス残業もなくして、当たり前のことをやって利益があげられるという前提に、考え方を切り替えていかないとこういう問題はなくならないと思う。
越水 そこに残業代を出したら立ち行かなくなる体制ってことですもんね。
小津 残業があるのだったら、それをどうやったら業務軽減できるのかを検討した上で、それでも残業が増えるんだったら人員を増やして、そんな状態でも利益が上げられるという体制が当たり前だということを発信して変えていきたいというのが目標。
越水 いいですね。自分の事業を通じてスタッフや子育て中の人たちの働き方を見て、長時間労働の風潮をなんとか見直せないか考えているんですね。
小津 企業で残業代をきちんとつけてるところもあるけど、残業代って1.25倍払わなきゃいけない。それだけ払うんだったら同じような仕事できる人を1人増やすなり育てるなりすればいいんだけど、その人じゃないと仕事が回らないような仕組みになっちゃってる。それが問題であって、他の人でもできるような仕事の体制にすればいい。OZ Companyではそれができたからさ。いろんなやり方があるんだからね。
越水 なるほど。そうした想いに関連して、事業の傍らFJQの活動をしているじゃないですか。父親の子育て啓発について、僕も一児の父親として関心があるんですけど、どうやってFJQの活動は始めたんですか。
小津 ファザアーリングジャパンが東京で2006年に立ち上がって、俺は2009年に入ってるから会社立ち上げた後だね。これまで話したように自分の父親のこともあって、やっぱり父親がもっと家庭に目を向けていれば両親も離婚するわけなかったんだよ。それで結局子供がつらい思いをしたりさ。もちろん全部が父親のせいなのかしらんけどさ、おれはそういった父親をみて育ったから、その経験から父親の家庭への関わりってとっても大事なんじゃないかなって思う。それがあれば離婚も虐待も減るだろうと。
越水 うーん。ああいうのは負担がどっちかに増えてしまって行き詰まった結果、起こるからですね。
小津 子育ての大変さは減らないけど、今まで母親ひとりでやって全部ストレスを抱えたのは2人で分かち合うことができるでしょ。結局そうすることで、虐待とかが減るだろうし大事だと思うんだよ。あと、子育てを通じていろんな人と出会うわけ。パパ友とか地域の人とかさ、それが楽しいのよ。糸島に引っ越してまだ2年だけど、小学校の読み聞かせにいったりとか、そこで他のお父さん達と出会ったり、家族同士でBBQしたり、楽しいんだよね。
越水 また仕事以外の楽しみですね。
小津 そういった楽しみを、FJQを通じて教えてもらったし、もっと父親として自分自身が楽しみたいなって思う。
越水 スタンスとしては子育てにもっと参加しましょうというより、もっと楽しみましょうということですね。
小津 そうそう、本当はやりたいけど子育て関われてないという人も多い。仕事によってとか、それはどうしようのもないことがあるもんね。ただ、ちょっと時間ができたときに父親が楽しめるような繋がりを自ら発信したりしたいなーと思う。1人地域に誰かそういう人が立ち上がると、そこに人が集まるんだよね。そうすると親同士の声掛けが生まれるしね。小学校で子供にたいして声掛け運動とかあるけど、もっと大事だと思うのは親同士で声掛け合うことだと思う。親同士が知り合えば自然と子供に声かけるもん。
越水 そうですね。
小津 そういったことをFJ通して活動して体験することで、これって大切だなーって。なんかね、こう、父親が育児しましょーっとか、イクメンとかってのとはちょっと違うかなって。
越水 最近父親が子育て楽しみましょうって流れは増えてきてる気がしますけどね。さっきも少し話しがでましたが、もっとも大事なのは家庭のなかで夫婦がどう助け合うかだと思うんですけど、なにかそこに対するアドバイスってありますか。男性の奥さんに対する子育ての大変さに対する認識ってまだ足りないと思うんですよね。
小津 嫁さんと一緒に事業をしててよかったなと感じるのは、お互い目的が一緒なんだよね。先の計画を立てて、そのためになにをしなければならないのかっていうのが。俺たちは一緒に仕事してるからそれが自然にできてるっていうか、そうせざるを得ないんだけど(笑い)。旦那さんが仕事して、奥さん専業主婦みたいな状況でも、「数年後こうなっていたい。だから俺は仕事頑張るし、お前は家のこと頼む」という話し合いがしっかりできてればいいと思うけどね。それが出来ていれば共働きでも家のことをお互いサポートしあおうということが自然となるんじゃないかな。
越水 うまくいかない場合はそのコミュニケーションが足りないのですかね。結構、暗黙の了解で「俺は仕事で稼いできてるからあとは任せる。なので仕事に集中させろ」とか、なりがちじゃないですか。そこはちゃんと話し合うべきということですね。
小津 うん。目的とか、日頃から共有すればいいと思うけど。
越水 奥さんが「毎日こんな大変なのよ」って話したいところを、旦那さんが「俺は疲れてるんだよ」ってシャットダウンしちゃうこともありますよね。
小津 目的をしっかり話し合っておけば、そこに状況を持っていくためにお互いの役割がしっかり決まると思うけどね。「ここはやるから他の所お願い」とか、「ここ大変だから手伝って」とか。要はコミュニケーション。
越水 夫婦のコミュニケーション、大事ですね。では最後の締めに、子育てに頑張ってるお父さんお母さんに向けてエールをください
小津 いきなりやね(笑)やっぱり子供は常に親をみてるわけよね。だから親であることを楽しみながら一生懸命にやってるところを見せ続けられれば、それだけでいいんじゃないかな。
越水 大変なこともありますけどね。
小津 大変なこともあるけど。父親や母親が楽しく生きるために必要なこと、そのひとつとしてパパ友やママ友って大事だし、それと出会うためには地域や仕事以外のものに関わってもらうといいんじゃないかなと思う。
越水 今日は色々お話ありがとうございました。ぜひまた一緒にサーフィンも行きましょう!

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小津智一

ミッション:「子育て中の父親、母親、そして子どもたちの笑顔を広げる」
㈱OZ Companyの代表取締役として事業所内託児所の企画・運営やイベントなどでの臨時託児サービスまた、NPO法人ファザーリング・ジャパン九州の理事として父親支援活動に携わる